大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和53年(ワ)11952号 判決

原告

金子敏厚

被告

土肥正

主文

一  被告は原告に対し、金六四三万二、六一八円及びこれに対する昭和五一年二月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一、六四四万四、一五八円及びこれに対する昭和五一年二月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、次の交通事故(以下、本件事故という。)により、後記(六)記載のような傷害を受けた。

(一) 事故発生日時 昭和五一年二月一三日午前零時三〇分ごろ

(二) 事故発生場所 神奈川県横浜市鶴見区駒岡町一五二七番地先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(横浜五七さ九六八九号・以下、加害車という。)

(四) 右運転者兼保有者 被告

(五) 事故 態様

被告は、前記日時ごろ、加害車を運転し、前記付近路上を同区樽町方面から上末吉交差点方面に向かい、毎時約六〇キロメートルの速度(制限速度毎時四〇キロメートル)で進行し、本件事故発生場所にさしかかつたが、右運転開始前に飲んだ酒の酔いのため眠気を催し、前方注視が困難な状態となつていたのであるから、直ちに、加害車の運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのにこれを怠り、漫然右速度のままで運転を継続した過失により、本件事故現場付近の道路が左方に向けて屈曲(カーブ)しているのに気づかず、そのまま直進して対向車線内に侵入し、折りから対向進行してきた原告運転の普通貨物自動車(以下、被害車という。)に加害車前部を正面衝突させ、加害車のアクセルを踏んだまま被害車を約三〇メートルも押し戻して大破させたものである。

(六) 傷害の程度及び内容

(1) 病名

脳震蕩・右頭部、左顔面挫傷・鼻骨々折・左下顎骨々折・下顎左犬歯及び下顎左第三大臼歯歯牙脱臼・左大腿骨々折・左股関節脱臼骨折・骨盤骨折・左膝関節複雑脱臼骨折・両膝蓋骨複雑骨折・内側側副靱帯損傷・右第四・第五指骨折・右第五中手骨骨折・左視力低下・耳鳴り。

(2) 治療経過

(イ) 本件事故当日から昭和五一年四月一四日まで横浜市鶴見区寺谷二丁目一三番一号橋爪病院に入院。

(ロ) 同年四月一五日から同年八月二三日まで同病院に通院(実治療日数一一日)。

(ハ) 同年四月九日から同年七月三一日まで同区鶴見二丁目一番三号鶴見大学歯学部付属病院に通院(実治療日数一四日)。

(ニ) 同年四月二六日から同年七月二九日まで東京都大田区田園調布二丁目四三番一号田園調布中央総合病院眼科に通院(実治療日数五日)。

(ホ) 同年四月二六日から同年四月三〇日まで同病院耳鼻科に通院(実治療日数三日)。

(ヘ) 同年六月五日から同月一一日まで福島県いわき市勿来白米鉱泉つるの湯において湯治。

(ト) 昭和五三年五月三〇日から同年七月一八日まで前記鶴見大学歯学部付属病院歯科に通院(実治療日数五日)。

(3) 後遺症の状況と影響

(イ) 咀嚼機能障害

原告は、本件事故により、左下顎骨々折、下顎左犬歯及び下顎左第三大臼歯歯牙脱臼の傷害を受けた結果、現在においても固い食物(例えば、せんべい、飴、氷、するめ、あわび等)、噛み切りにくい食物(いか、たこ、餅等)、大きい食物(果物の丸かじり等)及び噛むと音のする食物(生野菜、たくあん等)を咀嚼することができず、従つて、これらの食物をとることができない。すなわち、右のような固い食物、噛み切りにくい食物、大きい食物を噛もうとすると、顎の関節が外れるような感覚となり、また、その部分に激痛を覚え、その後三〇分から一時間位はその痛さが残り、さらに、その後半日位は食物を噛んだり口を動かしたりすることができない状態が続く。そして、このような状態になると、食事はもとより、仕事をすることもできず、暫らくの間安静にするしかないのである。また、噛むと音のする食物(例えばたくあん等)をとろうとすると、本来なら、その歯ごたえや噛む音自体に言うに言われぬ味覚を覚えさせるものであるところ、原告の場合は、それがかえつて顎にひびき極めて不快感を覚えるので、為にこれを食べることもできない。以上の咀嚼機能障害(昭和五三年七月一八日症状固定)は、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)施行令所定の後遺障害別等級表第一〇級に該当するものである。

ところで、およそ、食生活は衣・住生活と並び人間にとつて、最も基本的な生活要素である。とりわけ、食生活がその最たるものであることは言うまでもない。本件事故で、原告が、人並みの食生活を楽しむことができないことはそれ自体言うに言われぬ精神的苦痛でもあり、また、活力の低下をきたすことも当然である。そして、右のような咀嚼機能障害が存することから、原告は、仕事を休まざるを得ないことが屡々あり、従つてこれにより原告が、その営業上直接具体的損害を被つていることは言うまでもない。また、右のように、原告の食生活は、不安と苦痛を伴うので、原告は、その取引先との会食やつき合いを従来と同様に行なうことができなくなり、このため、その営業活動に支障を来たすこともあり、為に営業上多大の損害を被つている。

(ロ) 左膝関節内側の神経症状

原告は、本来事故により、左膝関節複雑脱臼骨折、両膝蓋骨複雑骨折、内側側副靱帯損傷の傷害を受けた結果、現在でも、左膝関節の内側が正常ではなく、馳け足をしたり、階段を昇降する際や重い荷物を持ち上げようと左足に力を入れる際等に痛みを覚える。右症状(昭和五一年八月二四日症状固定)は、前記後遺障害別等級表第一四級に該当する。原告は、右後遺障害が存することにより、日常生活はもちろんのこと、営業活動をするについても極めて不便・不自由であり、このため、直接、間接に営業上の損害を被つている。

(ハ) 男子の外貌に醜状痕

原告は、本件受傷により外貌に醜状を残したが、右症状(同日症状固定)は前記後遺障害別等級表第一四級に該当する。

2  損害額

(一) 原告と被告との間で、昭和五一年四月二七日本件事故による慰藉料並びに本件事故による後遺症に起因する逸失利益と慰藉料及びこれに基づき爾後生じることあるべき損害の賠償を除き、右時点までに生じた損害賠償のうち、合意に達した分について総額金二九六万三、九二八円で示談が成立し、原告は右賠償金の支払いを受けた。

(二) 右のほか、原告が本件事故により被つた損害は次のとおりである。

(1) 治療費金二万〇、四〇〇円

原告は、本件事故による下顎骨々折の治療のため、昭和五三年五月三〇日から同年七月一八日まで鶴見大学歯科部付属病院に通院し、その治療費として計金二万〇、四〇〇円を同病院に支払つた。

(2) 通院交通費金一、九二〇円

原告は、本件受傷中、下顎骨々折治療のため、同年五月三〇日から同年七月一八日までの間五回にわたり、同病院歯科に通院し、また、同月二五日本件訴訟提起に必要な診断書等の取寄せのため同病院に出向いたが、このため、私鉄池上線御嶽山駅から同蒲田駅を経て国鉄鶴見駅までの乗車賃として合計金一、九二〇円(一往復につき金三二〇円、六往復)を支払い、同額の損害を被つた。

(3) 文書料金四、〇〇〇円

原告は、本件訴訟提起のため、同病院歯科から診断書二通及び診療報酬明細書一通を取り寄せ、その費用として計金四、〇〇〇円を支払い、これと同額の損害を被つた。

(4) 通院雑費金一、五〇〇円

原告は、同年五月三〇日から同年七月二五日までの間、合計六日間同病院歯科に通院したが、この間種々の費用の支出を余儀なくされ、その額は少なくとも一日当り金二五〇円を下らないから、合計金一五〇〇円相当の損害を被つた。

(5) 労働能力喪失による損害金九五一万四、二二九円

原告は、本件事故前、機械リース業に従事し、本件事故発生の前年である昭和五〇年度は金一七〇万八、四七〇円の所得があつた。しかるに、原告は、本件受傷により咀嚼機能障害の後遺症を被つたが、右後遺症は前記後遺障害別等級表一〇級に該当するので、少なくとも二七パーセント(労働基準監督局長通牒昭和三二年七月二日付基発五五一号「労働能力喪失率表)」の労働能力を喪失した。そして、この後遺症は、原告が就労可能な六七歳までの三七年間は継続する。そこで、原告は、少なくとも一年につき金四六万一、二八七円の損害(1,708,470円×27/100)を被ることになり、この損害は三七年間継続するが、ホフマン式計算法により中間利息を差引き計算すると金九五一万四、二二九円(461,287円×20,6254)となる。

(6) 慰藉料金五〇四万円

原告は、被告の一方的な前記過失によつて惹起された本件事故により、前記のような重傷を受け、その治療のため入通院を余儀なくされたが、その間言うに言われぬ多大の精神的・肉体的苦痛を味わつた。従つて、その慰藉料としては金九〇万円が相当である。

また、原告は、長期間の入通院により治療に専念したにもかかわらず、ついに前記「咀嚼機能障害」「左膝関節内側に神経症状を残す」、「男子の外貌に醜状を残す」の三つの後遺症を残してしまい、今後日常生活を送るについても多大の制約を受けることは必定で、原告の被る精神的・肉体的苦痛はまことにはかり知れないものがある。そこで、その慰藉料としては、咀嚼機能障害の後遺症につき金三〇二万円、その余の後遺症につき各金五六万円合計金四一四万円が相当である。

(7) 弁護士費用金二三〇万円

原告は、本件訴を提起するため、原告代理人らに訴訟を委任し、着手金及び報酬金として各金一一五万円を支払うことを約した。

3  原告は、被告から、前記金二九六万三、九二八円の支払いを受けたほか、本件損害賠償の内払金として金四三万七、八九一円の支払いを受けた。

4  よつて、原告は、被告に対し、自賠法三条に基づき、金一、六四四万四、一五八円の損害金及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五一年二月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の答弁

1  請求原因1(一)ないし(五)の事実は認めるが同1(六)(1)ないし(3)の事実は知らない。同2(一)の事実は認めるが、同2(二)(1)ないし(4)(6)(7)の事実は知らない。同2(二)(5)のの事実中、原告が本件事故前、機械リース業に従事し、本件事故発生の前年である昭和五〇年度は金一七〇万八、四七〇円の所得があつたことは認めるが、原告主張の後遺症の点については知らない、その余の事実は否認する。同3の事実は認める。

2  原告は、逸失利益につき、本件事故による咀嚼機能障害後遺症により労働能力が二七パーセント喪失し、これにより損害を被つたと主張するが、原告の従事する自動販売機の修理販売リース業に対して右障害が直接的に影響を与えるものとは到底考えられない。従つて、原告には労働能力喪失による損害はない。また、右咀嚼機能障害も、当分の間継続するに過ぎず、時間の経過にしたがつて段々に消失していくものと考えられるから、原告主張のように今後三七年間も継続するものではない。

仮に、右後遺症が間接的に原告の営業に影響を与えるとしても、左記のように本件事故による傷害の治癒後の原告の所得は何ら減少しておらず、却つて増加しているのであつて、現実に労働能力の喪失による損害はないのである。すなわち、昭和四九年度から同五三年度までの原告の所得は別紙記載のとおりであるが、これによれば、本件事故の前である同五〇年度における原告の営業収入(売上げ)は昭和四九年度のそれに比し減少している。そして、同五〇年度の営業所得は同四九年度のそれに比べてわずかに二八パーセント増加したに過ぎない。これは、売上げは減少したけれども、経費が減少したためと考えられる。ところが、本件事故の後である同五二年度及び同五三年度の営業収入は、本件事故前のそれに比べて増加しているのみならず、増加傾向にある。そして、同五二年度の営業所得は金二、一一万五、一四九円と大幅に増加している。以上のとおりであつて、原告に当分の間咀嚼機能に障害があるとしても、現実に所得は減少していないどころか却つて増加しているのみであるから、後遺症による逸失利益は存在しない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  被告の責任原因

請求原因1(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがないので、被告は原告の被つた後記損害につき自賠法三条本文所定の責任がある。

二  原告の受傷の部位・程度

成立に争いのない乙第一号証、その方式と趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二ないし第一〇、第一二、第一三号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一五号証及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因1(六)(1)(2)の事実が認められるほか、原告は、本件事故による受傷の結果、「咀嚼機能障害」(昭和五三年七月一八日症状固定)、「左膝関節内側に神経症状を残す」(昭和五一年八月二四日症状固定)及び「男子の外貌に醜状を残す」(同日症状固定)の各後遺症を残したこと、ところで、咀嚼機能障害については、現在、原告は、〈1〉固い食物(例えば、せんべい、飴、氷、するめ、あわび等)、〈2〉噛み切りにくい食物(例えば、いか、たこ、餅等)、〈3〉大きい食物(例えば、果物の丸かじり等)及び〈4〉噛むと音のする食物(例えば、生野菜、たくあん等)を摂取することができるものの、これを十分に咀嚼することができない状態にあること、すなわち、原告は、右〈1〉ないし〈3〉の食物を噛もうとすると、一時的に顎の関節が外れるような感じになり、また、その部分に激痛を覚え、その後三〇分位はその痛みが続き、さらに、その後も半日位は物を噛んだり、口を動かしたりすると、再びその部分が痛くなつてくること、そしてこのような状態になると、原告は、食事をすることも、仕事をすることもいやになり、しばらくの間安静にしておく以外に適当な方法がないこと、また原告は、右〈4〉の食物をとろうとしてこれを噛むと、その音が顎にひびき非常な不快感を覚えること、このように原告の食生活は不安と苦痛を伴うので、原告は、従前に比し、日常の生活活動面で種々の制約を受けているばかりでなく、経済的活動面でも次のような支障を受けていること、すなわち、原告は、機械リース業を営なんでいたものであるが、右のような咀嚼機能障害があることから、屡々、自宅安静の必要上、仕事を休まざるを得ないことがあり、また、これまで行なつてきた取引先の人達や同業者らとの会食や付合いも従来と同様にできなくなつたため、業界の情報等に疎くなり、仕事が従前に比べて思うようにできなくなつたことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。そして、原告の「咀嚼機能障害」の後遺症は自賠法施行令第二条別表の後遺障害別等級表の第一〇級に、「左膝関節内側に神経症状を残す」後遺症及び「男子の外貌に醜状を残す」後遺症はいずれも同表の第一四級に各該当するものである。

三  原告の損害

請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがなく、前掲各証拠及び成立に争いのない甲第一一号証、第一七号証の一ないし五、第一八号証によると、次の事実が認められる。

1  治療費金二万〇、四〇〇円

原告は、本件事故による下顎骨々折の治療のため、昭和五三年五月三〇日から同年七月一八日まで鶴見大学歯学部付属病院歯科に通院し、同病院に対し、その治療費金二万〇、四〇〇円を支払つた。

2  通院交通費金一、九二〇円

原告は、前記治療のため、右期間、同病院歯科に五回通院したほか、同月二五日本件訴訟提起に必要な診断書等を取寄せるため、一回同病院歯科に出向いたが、その交通費として、私鉄池上線御嶽山駅から同蒲田駅を経て国鉄鶴見駅までの乗車賃計金一、九二〇円(一往復につき金三二〇円の割合で六往復分)を要した。

3  文書料金四、〇〇〇円

原告は、本件訴訟提起のため、同病院歯科から診断書二通及び診療報酬明細書一通を取り寄せ、同病院に対し、その費用金四、〇〇〇円を支払つた。

4  通院雑費金一、五〇〇円

原告は、同年五月三〇日から同年七月二五日までの間、同病院歯科に六回通院したが、その雑費として計金一、五〇〇円(一日金二五〇円の割合)の支出を余儀なくされた。

5  労働能力喪失による逸失利益金二二四万二、六八九円

原告は、本件事故による咀嚼機能障害後遺症のため、向後三七年間にわたり、その労働能力の二七パーセントを喪失したので、これに基づく逸失利益を請求する旨主張するので判断する。

原告が、本件事故前、機械リース業に従事し、右事故発生の前年である昭和五〇年度は金一七〇万八、四七〇円の所得があつたことについては当事者間に争いがなく、前掲各証拠によると、原告の右仕事の内容は、ジユークボツクス、カラオケ等音響関係の機械の売買、リース、修理等を主体としたものであること、本件事故前後における原告の所得等は別紙記載のとおりであつたこと、これによると、原告の所得は、右事故発生年度である昭和五一年度は、同五〇年度に比し、営業収入が二四パーセント、営業所得が七五パーセント各減少しているのに対し、右事故発生後である昭和五二年度は、同五〇年度に比し、営業収入が一五パーセント、営業所得が二四パーセント各増加しているうえ、新たに給与所得金一一一万円が加わつているので、結局八九パーセント増加していること、しかし、昭和五二年度の所得が増加したのは、次のような特別な事情によるものであつたこと、すなわち、原告は、本件事故後、咀嚼機能障害等のため、従来のように個人で機械リース業を経営していく自信を失い、同年四月ごろ、これをやめ、知人達と共同して、同種の事業を営なむ訴外株式会社インターナシヨナル・コイン・マシンを設立してその取締役に就任し同会社より、同年四月から同年一二月までの給与として右金一一一万円を支給されていたが、同会社設立の際、従来リース用に個人で所有していたスロツトマシーン、ジユークボツクス等の機械類の一部を金一五〇万円位で同会社に売却し、これによる臨時収入を同年度の営業所得に、また、右金一一一万円を同年度の給与所得に各計上したため、右のようなパーセンテージになつたものであること、その後、原告は、昭和五三年七月ごろ、同会社の経営方針等に関して、他の者らと意見が対立したため、同会社を退職し、以後、再び個人で機械リース業を営なみ今日に至つていること、そして、昭和五三年度における原告の所得は、同五〇年度に比し、一六パーセント減少している(もつとも、この所得中には、原告が同会社より同年一月から同年七月まで支給された給与金九〇万円が含まれている。)ことが認められる。

右認定事実に照らすと、原告の本件事故後における収入は、右臨時収入を除外して考えると、右事故前におけるそれに比し、或る程度減少したものと推認し得るけれども、右事実によつては、未だその収入減を数量的に確定するには不十分であり、他にこれを確定するに足る証拠も存在しない。

しかしながら、前記二で認定したとおり、本件事故に基づく咀嚼機能障害によつて、原告が労働能力の一部を喪失した事実が認められる以上、たとえ、原告の収入減を数量的に確定し得なかつたとしても、右喪失そのものを損害として把握することができるから原告の本件事故前後における収入のほか、職業の種類、後遺症の部位・程度等を総合的に勘案して、その損害額を評価・算定するのが相当であると判断する。そこで、検討するに、本件事故前である昭和五〇年度における原告の年間所得は金一七〇万八四七〇円であつたところ、前記認定にかかる本件事故の態様・程度、原告の咀嚼機能障害後遺症の程度、本件事故前後の業務の内容及び労働省労働基準局長通牒(昭和三二年七月二日付基発五五一号)による労働能力喪失率表等を総合して勘案すれば、原告は、右後遺症により、本件事故前に有していた労働能力の一七パーセントを喪失したもので、その喪失期間は本件事故後一〇年間であると認めるのが相当である。よつて、右労働能力の一部喪失による損害額を、本件事故前における原告の右収入を基礎として、ライプニツツ式計算方法によつて算出すると、金二二四万二、六八九円(円未満切捨・1,708,470円×17/100×7,7217((10年のライプニツツ係数))=2,242,689円70銭)となる。

6  慰藉料金四〇〇万円

前記認定にかかる本件事故の態様・程度、原告の受傷内容、治療経過、各後遺障害の部位・程度、その他本件に現われた一切の事情を考慮すると、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛を慰藉するためには金四〇〇万円が相当であると認める。

7  弁護士費用金六〇万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は、被告が本件損害賠償請求に関し任意の弁済に応じなかつたので、やむなく、原告訴訟代理人らに本訴の提起と追行を委任し、同代理人らに弁護士費用を支払うことを約したことが認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額等に鑑みると、その費用は金六〇万円が相当であると認める。

四  損害の填補

原告が、本件損害賠償の内金として、被告から金四三万七八九一円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないので右金員を原告の損害合計額金六八七万〇、五〇九円から控除すると、その残額は金六四三万二、六一八円となる。

五  以上の次第であるから、原告の被告に対する本訴請求中、右金六四三万二、六一八円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五一年二月一四日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるのでこれを認容するが、その余の部分は失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法八九条、九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

原告の申告所得一覧表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例